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Vol.6 「テイスト・オブ・インディア」
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Jan 19, 2004
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永らく開店休業状態だった当コラム(ホンマすんません)、「今回何について書こ うかな〜」と近所をぶらついていたら、何処からともなく東洋人では決して出せない
無茶なキーの歌謡曲が・・・・よく見る(聴く)と偶然通りかかったインド料理屋の BGMでしたよ。てなワケで前回のコラムでちょこっとだけ触れたインド1人旅について。ちなみに文中突然出てくるBGMは僕が個人的にハマりまくっている映画「キル・ビル」のサントラから。
アレはもう今から5年半程前の事、当時就いていた仕事やら私生活でムカ付く&落ち込む事があまりにも多すぎて、「このままではマズい、人生をリセットせねば!」
の一念でわずかな退職金片手にふらり海外1人旅を思いついたのでした。しっかし、あん時ゃナンだか妙に精神的にくたびれとったわ〜。(BGM:バン・バン/ナンシー・シナトラ)
いきなりインドへ行こうと思ったわけではなく、他にも候補がいくつかありました。アフリカ(野生動物を観に)、イースター島(モアイを観に)、インドネシア
(ジャングルに居るオランウータンに会いに)、スコットランド(ネス湖でネッシー 探し)とかあったのですが、予算の都合やら「マラリアの注射は痛そうでヤダー!!」などの理由で結局「インドへ!」となった訳です(オレ流ジョージ・ハリスン&
レインボーマントリビュート大作戦)。
そうと決まれば話は早い、エア・インディアの航空券ゲットして関空からデリーへGO!(BGM:グリーン・ホーネットのテーマ)このエア・インディアなる航空会社、スッチーがサリー着とるんですわ。このサリー姿ってぇのがイイでしょ!正直イ
ンドへ行く前は、「未だに他国の人々が日本人=ニンジャ・サムライ・芸者なーんて イメージを持っていても、実際は日本にそんなヤツ居ないのと同じく、インドも結構
普通の洋服着た人ばかりだろうな〜。」おもったらトンデモ無い!所謂「ステレオタ イプのインド人さん」スッゲー多かったわ〜。
途中、香港で一時着陸した時に(飛行機からは降りられませんでしたが)すかさず 「持ってきたウォークマンに入れておいた燃えよドラゴンのサントラを聴く」といった偏差値の低いコダワリをみせたり、1人のスッチーになぜか気に入られたのか、僕にだけドリンク(ビール)をガンガン持ってきてくれて、「テーブルの上缶ビールだらけ、オイラよっぱげ、それでもスッチーはビールを自主的にガンガン追加」といったくだらないエピソードを挟みながらなんとかデリーへ到着したのでした。
なんとかデリーに着いたのはイイものの、当時基本的に日本からインド(デリー) へ行くと到着は深夜なんですよ(現在はどうなのかな?)。当時、海外旅行経験とい
うと卒業旅行でアメリカ西海岸しかない僕、さらに語学力といえば「小林克也のアメ リ缶以上、駅前留学未満」といった有様。こんなんでインド1人旅を決行する僕も無茶なのですが、さすがに深夜の異国の地はコワいので、最初の3泊分のホテル&空港〜ホテルの車は日本で用意をしていたのであります。
で、空港から降りたったものの、自分の手配した車がどれかも分からず、右往左往していると「いいホテル案内してやる」だの「いい土産物紹介してやる」等と言ってくるインド人のおっさんだらけ・・・。しまいにゃコチラがちょっと目を放しているスキにかってに僕のバッグ手元にたぐり寄せようとするジイさんまで出てくる始末。思わず反射的に「おいおい、爺さんやめんかい!」と日本語でツッコんでる真っ最中に日本語で「○○さん(僕の本名ね)ですか?」と聞いてくる青年が。その青年こそ、日本で用意した3泊分のホテル&空港〜ホテルの車を現地で仕切ってくれたインド人、ロヒット君(当時二十歳)なのでありました。彼との出会いがこの旅を超ドラマチック&旅慣れた人からは一言「馬鹿」と言われるものにするのでありました・・・・。
(バック・トゥ・ザ・フューチャー風に)TO BE CONTINUED----→
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<プロフィール>
ゲッターチェン
1973年3月8日生まれ。
キッスアーミー&キッスドールズのお手伝いのお兄さん。 普段はフツーのサラリーマン。 キッス以外にに好きなバンドはミスフィッツ、クランプス、ラモーンズ、ディーヴォ
など、挙げだしたらキリがない。 他にも映画鑑賞、フィギュア、ウインドサーフィン、山登りなど色々なものが好きな 欲張りさん。
ファンレターはこちらまで!(変わりました!!)
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